【赤白論争】『月の光に雪が銀色に輝く』――皇帝が愛し、怪僧暗殺の夜に響いたトロイカの鈴の音

ロシア・ロマンス

みなさん、こんにちは!ロシア・ソ連音楽愛好会会長のMashaです。

日本の冬も風情がありますが、ロシアの冬といえば、見渡す限りの銀世界。今日ご紹介するのは、そんな静まり返った雪原を駆け抜ける馬車の鈴の音が聞こえてくるような、美しくも哀しい名曲『月の光に雪が銀色に輝く』(В лунном сиянье снег серебрится)です。

まずは、この曲がどんな世界を歌っているのか、歌詞の情景をのぞいてみましょう。

【ざっくり曲紹介】
月の光を浴びて銀色に輝く雪道を、3頭立ての馬車「トロイカ」が鈴を鳴らして疾走していく。 鳴り響く鈴の音を聴きながら、主人公はかつて恋した人の若々しい声を思い出す。

――しかし、次に思い出したのは、白いヴェールをまとった彼女の結婚式。 賑やかな客人たちとグラスの響きの中、若い妻となった彼女の隣に立っていたのは、主人公の「恋のライバル」だった……。

切ない!切なすぎます。いわゆる「好きな人が他の男と結婚しちゃった雪の夜のドライブ」の歌ですね。 では、この曲の後ろで渦巻く歴史のドラマへ、我らがアジトの住人、半人半獣のボリシェヴィキ革命家のミーシャと、帝政ロシアの気高き貴族プリンセスと一緒に飛び込んでみましょう!

歌詞

【ロシア語歌詞】
В лунном сиянье снег серебрится,
Вдоль по дороге троечка мчится.
Динь-динь-динь, динь-динь-динь —
Колокольчик звенит,
Этот звон, этот звон
О любви говорит.

В лунном сиянии ранней весною
Вспомнятся встречи, друг мой, с тобою.
Колокольчиком твой,
Голос юный звенел,
Этот звон, этот звон
О любви сладко пел.

Вспомнятся гости шумной толпою,
Личико милой с белой фатою.
Динь-динь-динь, динь-динь-динь —
Звон бокалов шумит,
С молодою женой
Мой соперник стоит.

В лунном сиянье снег серебрится,
Вдоль по дороге троечка мчится.
Динь-динь-динь, динь-динь-динь —
Колокольчик звенит,
Этот звон, этот звон
О любви говорит.
【和訳】
月の光に雪が銀色に輝く
道に沿ってトロイカが駆けていく
チリン、チリン、チリン
鈴の音が鳴り響く
この音、この音は
愛を語っている

月の光の中、早春に
思い出すのは君との出会い
鈴のように
君の若々しい声が響いた
この音、この音は
愛を甘く歌っていた

思い出すのは賑やかな客人たちの群れ
白いヴェールをまとった愛しい人の顔
チリン、チリン、チリン
グラスの音が響き渡る
若い妻と共に
私のライバルが立っている

月の光に雪が銀色に輝く
道に沿ってトロイカが駆けていく
チリン、チリン、チリン
鈴の音が鳴り響く
この音、この音は
愛を語っている

🪐 始まりは、伝統の「御者ロマンス」

この胸が締め付けられるような物語の作者は、ウラジオストク出身の詩人であり音楽家、エフゲニー・ドミトリエヴィチ・ユーリエフ(1882-1911)。彼は1894年から1906年にかけて15曲以上のロマンスを手がけましたが、若くして亡くなったため、その生涯の多くは謎に包まれています。

ユーリエフ。その生涯について多くは知られていません

実はロシアのロマンスには、馬車を走らせる御者をテーマにした「御者(ぎょしゃ)ロマンス」という一大ジャンルがあり、この曲もその美しい系譜を受け継いでいます。歴史を遡ること1828年、ヴェルストフスキーという作曲家がフョードル・グリンカの詩に曲をつけた『颯爽とトロイカがやってくる…(Вот мчится тройка удалая…)』という伝説的なロマンスがその源流。ただ作曲されたということ以外、ほとんど何も分かっていない幻の歴史が、巡り巡ってこの曲へと繋がっているのです。

プリンセス
プリンセス

(誇らしげに胸を張って)
ディン・ディン・ディン……♪ ああ、なんて切なくも気品溢れる恋の情熱(パトス)かしら。これぞ1828年のヴェルストフスキーから続く、我が帝国の伝統的な『御者ロマンス』の系譜ですわ。
謎に包まれた天才ユーリエフが紡いだ美しい旋律は、まさにロシアの広大な雪原と気高き芸術の結晶ですのよ!

👑 帝政ロシアの歌姫、4時間20回アンコールの伝説

こうして生まれたロマンスですが、最初から大ヒットしたわけではありませんでした。この曲の運命を決定づけたのが、帝政ロシア末期の一大スター歌手、アナスタシア・ヴャリツェワ(1871-1913)です。

プリンセス
プリンセス

我が帝国の誇るグランド・ディーヴァ、アナスタシア・ヴャリツェワ様!

『ロシア舞台のかもめ』と称され、コンサートは4時間、アンコールは20回!
当時のロシア人女性で最も裕福になられた、全女性の憧れの的ですの。あの気難しいニコライ二世陛下ですら、彼女のこの曲を気に入っていらしたのよ

同志ミーシャ
同志ミーシャ

(腕を組んでフンと鼻を鳴らす)
アンコール20回って、もはやただの過重労働だろうが。労働基準法はどうなってるんだ。

まぁ、そのヴャリツェワとかいう歌手が当時のロシアで一番の富豪になったって時点で、いかに帝政末期の富が一部の特権階級に偏っていたかの証明だな。
労働者が極寒の中でトロイカを走らせている横で、資本家どもがぬくぬくと4時間のコンサートでシャンパンを飲んでいた……これぞ打倒すべき搾取の構造だ!

プリンセス
プリンセス

あら、陛下だって息抜きは必要ですわ。あなたたちボリシェヴィキが四六時中、眉間にシワを寄せてビラを配っているから世界がギスギスするのですのよ

怪僧ラスプーチン暗殺の夜、大音量で流されたBGM

この曲は帝政末期に大ヒットを記録しますが、1916年12月、ロシア帝国の崩壊を予感させる「ある凄惨な事件」の裏で、不気味な役割を果たすことになります。 そう、世紀の怪僧グリゴリー・ラスプーチン暗殺事件です。

主犯である超絶大富豪の美青年、フェリックス・ユスポフ公爵のモイカ宮殿に誘い出されたラスプーチン。青酸カリ入りのプチフール(焼き菓子)を食べさせられるまさにその時、地下室からの異様な叫び声や銃声をカモフラージュするために、地上階で大音量で蓄音機から流されていたのが、他でもないこの『月の光に雪が銀色に輝く』だったという暗い噂があるのです。

フェリックス・ユスポフ。

↑1912年録音。音源が欲しい方は https://www.russian-records.com/details.php?image_id=4389 からダウンロード可

プリンセス
プリンセス

(ハッと頬を赤らめて写真を見つめる)
……あら。ユスポフ公爵、相変わらずなんてお美しいお顔立ちなのかしら……。演劇好きで女装がお得意で、宝石を愛する高貴なイケメン……。亡命後はハリウッドの映画会社を相手に裁判を起こして勝訴されるなど、激動の時代をたくましく生き抜いたお姿、まさに貴族の鑑ですわ……!

同志ミーシャ
同志ミーシャ

おいお嬢様、顔で犯罪者を擁護するな。やってることがガチのテロじゃねえか。
毒を盛られ、撃たれても死なない怪僧の叫び声を、この美しい『ディン・ディン・ディン♪』っていう鈴の音でかき消そうとしてたんだろ? 悪趣味極まりない。
宮殿の中で繰り広げられる支配階級のドロドロの権力闘争のBGMにされたこの曲の身にもなってみろ

🛑 革命による「ブルジョワの遺物」認定と、50年ぶりの復権

そして1917年、十月革命が勃発。ミーシャたちボリシェヴィキが新政府を樹立すると、この曲の運命は一転します。
新政府は、こうしたロマンス歌謡を「明るい社会主義の未来建設を阻害する、退廃的なブルジョワの遺物だ!」と宣言し、以降、数十年にわたってロシアの表舞台から葬り去ってしまったのです

プリンセス
プリンセス

(ミーシャをキッと睨みつける)
出ましたわね、ボリシェヴィキの十八番、文化の弾圧! ラスプーチンの件はともかく、曲自体には何の罪もありませんのに、なぜ『演奏禁止』になんてしたのですか!?

同志ミーシャ
同志ミーシャ

(ネコ耳を気まずそうにペタンと寝かせ、目を泳がせる)
うっ……。い、いや、あれだ。当時の我が党としてはだな、プロレタリアート(労働者)には『ライバルに女を寝取られて雪道をトロイカで泣きながら走る歌』なんかより、もっとこう、『進め労働者!明日のコンビナートを作ろう!』みたいな、生産性の高い前向きな歌を歌ってほしかったんだよ!
ほら、失恋ソングばっかり聴いてると、五カ年計画のモチベーションが下がるだろ!?(※必死の弁明)

プリンセス
プリンセス

絶対に後付けの理由ですわ。現に、あなたたちがいくら禁止しても、民衆は裏でこっそりこの美しいメロディを愛し続けて、1950年代後半のスターリン死後の『雪解け』でソ連に堂々と復権したではありませんか。美は政治を凌駕するのですわ!

同志ミーシャ
同志ミーシャ

(ボソッ)……まぁ、今の俺も、大学でミクロ経済学のややこしい数式に脳を搾取された夜は、この曲を聴いて『ディン・ディン・ディン……頭が痛い……』って癒やされてるから、復権してくれて良かったとは思っている(敗北)

🎧 Mashaの「冬の夜に聴きたい」聴き比べセレクション!

悲劇の歴史をくぐり抜け、現代でもロシア人に最も愛されるロマンスの一つとなったこの曲。Masha一押しのテイクを聴き比べてみてください。

  • グルナーラ・イスマエワ:冒頭で紹介した通り、透明感溢れる歌声が、まるで冬の静まり返った湖に映る雪景色のようで心が洗われます。
  • オレグ・ポグージン:我らが「ロシアの銀の声」。彼もこの曲が大好きで、コンサートでは絶対に外さないレパートリー。彼の甘く切ない表現力は、まさに歌詞の「失恋した主人公」そのものです。
  • エフゲニア・スモリャニノワ:クラシックな発声とは一線を画し、まるでロシアの村の少女が純粋に祈るように歌うスタイル。昔ながらの人々の息遣いと、深い感情表現が胸に刺さります(映画監督タルコフスキーの映画で歌ったロシア民謡の大御所、オリガ・セルゲーエワから学んだ歌唱法だそうです!)。
  • 作者の変装(?)バージョン:若くして亡くなった作者ユーリエフの格好をした謎の人物が歌うレトロ風映像。正体不明ですが、声の深みは一級品です。
プリンセス
プリンセス

今回はユスポフ公爵の美しさに免じて、あなたとの論争は引き分けにして差し上げますわ

同志ミーシャ
同志ミーシャ

顔で決めるなと言っているだろうが。
……おいMasha、外はすっかり冷えてきたな。雪は降っていないが、脳内の不変資本を癒やすために、ファミマでホットのロイヤルミルクティーを『配給』してくれないか。鈴の音の代わりに財布の小銭をディン・ディン鳴らしてやるから

冬の月の光を浴びながら、激動のロマノフ朝に思いを馳せて聴くロマンス。 みなさんのお気に入りの「星」と「雪」の歌声は、誰のバージョンでしたか?

――万国の音楽ファンよ、気高く団結せよ!

早大ロシア・ソ連音楽愛好会 会長:Masha

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